はじめに:38万km先を、どうやって知ったのか
地球から月までの距離は、約384,400 km。
これはどれくらいかというと、飛行機(時速900km)で飛び続けても約18日かかる距離です。新幹線なら約640日。光でさえ約1.3秒かかります。
「そんな遠い場所の距離を、宇宙に行けなかった時代の人間がどうやって測ったのか?」
答えを一言で言うと、影・角度・光の3つを使いました。それぞれの時代で、人類がどんな知恵を使ったかを順番に見ていきましょう。
第1章:古代ギリシャ 月食だけで距離を計算した天才
ヒッパルコスとは?
今から約2,100年前(紀元前2世紀ごろ)、ギリシャの天文学者ヒッパルコスは、望遠鏡もコンピュータも使わずに、月までのおよその距離を計算してしまいました。
彼が使ったのは「月食」という現象です。
月食とは何か?
月食とは、太陽・地球・月が一直線に並んだとき、地球の影が月の上に落ちる現象です。
このとき、月の表面には地球の影の「輪郭」が弧を描いて映ります。
ヒッパルコスはこのとき、こう考えました。
「地球の影の大きさはわかっている。月がその影を横切るのにかかる時間も測れる。ならば、月までの距離も計算できるはずだ」
月食を使った計算の流れを図で見てみましょう。

計算に使った3つの情報
ヒッパルコスが実際に使ったのは、次の3つだけです。
① 地球の半径(約6,400km) これはすでに別の学者・エラトステネスが、棒の影の角度を使って求めていました。
② 月食中の影の大きさ 月食のとき、月に映る地球の影の幅を観測します。地球の影は、地球の直径(約2倍の12,800km)より少し小さくなります。これを「約2.5倍の月の直径」と比較することで、影のサイズが計算できました。
③ 月が影を通過する時間 月が地球の影の中を通り抜けるのにかかる時間を計測します。通過時間が長いほど、影が大きい(または月が遅い)ということになります。
計算の仕組み(文系でもわかるように!)
まずシンプルなたとえから始めましょう。
「電柱の影の長さを見れば、電柱の高さがわかる」
これは知っていますよね。影のサイズと本物のサイズは比例するからです。
ヒッパルコスも同じ発想を使いました。
月食のとき、月の直径と地球の影の幅を比べると、こんな関係が成り立ちます:
地球の影の幅 ÷ 地球の直径 = ある比率
そこから「月は地球の影の何倍の距離にあるか」が計算できるのです。
実際の計算式(簡単バージョン)
ヒッパルコスの使った方法を超シンプルにすると:
月までの距離 ≈ 地球の半径 × 60
地球の半径が約6,400kmなので:
6,400km × 60 = 384,000km
これが現代の値(384,400km)とほぼ一致しています。望遠鏡もない時代に、たった「影の観察」だけで!
この感動を、物語として体験したい方へ
ヒッパルコスが「観測だけで宇宙の真実に迫った」話、すごいと思いませんでしたか?
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第2章:近代 「視差(パララックス)」で精度を高める
視差とは何か?指で試せる!
今すぐできる実験があります。
- 右手の人差し指を、顔の前30cmくらいに立てる
- 左目だけで見る → 背景に対する指の位置を確認する
- 右目だけで見る → 背景に対する指の位置がズレる!
このズレを「視差」といいます。両目の間隔(約6cm)があるため、左右で見え方が違うのです。
ポイント:指が近いほどズレが大きく、遠いほどズレが小さい。
このズレの大きさを測れば、距離が計算できます。これが三角測量の基本です。

どうやって月の距離を測るのか
手順はたった3ステップ:
- 地球上の離れた2地点から、同時に月を観測する (例:日本とブラジルなど、できるだけ遠い場所)
- 背景の星に対して、月がどれだけズレて見えるかを測る (遠い星はほぼ動かないので「基準点」として使える)
- 2点のズレの角度と、2点間の距離から、三角形を作って計算する
計算式(文系向け丁寧バージョン)
三角測量の計算式は、少し難しそうに見えますが、考え方はシンプルです。
まずこの図を頭に描いてください:
月
/\
/ \
/ \
A------B ← 地球上の2点
この三角形で、
- A〜B の距離(基線)は測れる → 約12,800km(地球の直径)
- AとBから月を見たときの角度の差(視差角) も測れる
あとは「tan(タンジェント)」という関数を使うと距離が求まります。
文系の方向けに超簡単に言うと:
tan(角度)= 高さ ÷ 底辺
なので逆に言うと:
高さ(距離)= 底辺(基線)÷ tan(視差角)
実際の視差角は非常に小さく(約0.95度)、これを計算に入れると:
距離 ≈ 12,800km ÷ tan(0.95°)
≈ 12,800km ÷ 0.0166
≈ 約 770,000km
(※これは地球の中心からの距離を2倍したものなので、片道では384,000kmになります)
なぜ精度が高いのか?
基線が長ければ長いほど、視差のズレが大きくなり、精度が上がります。地球の直径は約12,800km。これほど大きな「物差し」を使えるのは、宇宙スケールで考えると非常に有利です。
第3章:現代 レーザーで「直接」測る
アポロ計画が残した贈り物
1969年、アポロ11号が月に着陸しました。このとき宇宙飛行士たちは、科学機器のひとつとして「再帰反射器(レーザー反射板)」を月面に設置しました。
これが、月の距離測定に革命をもたらします。
レーザー測距の仕組み
考え方は驚くほどシンプルです。
光は一定の速さで進む。往復時間を測れば、距離がわかる。

計算式(これが一番シンプル!)
距離 = 光の速さ × 往復時間 ÷ 2
具体的な数字を入れると:
光の速さ = 約 300,000 km/秒
往復時間 = 約 2.56 秒
距離 = 300,000 × 2.56 ÷ 2
= 768,000 ÷ 2
= 384,000 km
「÷2」をする理由は、レーザーが往復しているからです。行きと帰りで2倍の距離を進んでいるので、半分にすれば片道の距離になります。
どれほど精度が高いのか?
この方法により、現在では月までの距離を数センチ単位の誤差で測定できます。
そして、この精密な測定から重要な発見もありました。
月は毎年、地球から約3.8cmずつ遠ざかっている
たった数cmでも、何十億年も積み重なれば大きな変化です。月が誕生したころ、地球と月はずっと近かった、という証拠でもあります。
「38万km先」を、自分の目で実感してみてください
この記事で紹介した距離は、数字として知るだけでなく、実際に月を見た瞬間にはじめて「リアル」になります。
初心者向けの天体望遠鏡でも、次のものが観察できます。
・月面のクレーター・山脈・影の凹凸
・木星とその4つの衛星
・土星の環(輪)
「思ったより簡単に見えた」という声が多いのが天体望遠鏡の特徴です。難しい操作は不要で、セッティングも30分ほどで完了するモデルが主流です。
本やネットで知識を得るのとはまったく違う体験が、手の届く価格から始められます。
まとめ:3つの時代、3つの方法
人類が使ってきた方法を並べてみましょう。

3つの方法を一覧で比べると
| 時代 | 方法 | 道具 | 精度 |
|---|---|---|---|
| 古代(紀元前2世紀) | 月食の影+幾何学 | 目と頭だけ | 数〜十数% |
| 近代(17〜19世紀) | 視差+三角測量 | 望遠鏡+計算 | 数% |
| 現代(1969年〜) | レーザー往復時間 | レーザー装置 | 数センチ! |
おわりに:「どうやって知ったのか」まで考えると、世界が変わる
月までの距離は「384,400km」という数字だけ覚えても、それほど面白くありません。でも、その数字にたどり着くまでの人間の知恵の歩みを知ると、夜空の月がまったく違って見えてきます。
影を観察し、角度を測り、光の速さを使った。道具が変わっても、根本にあるのはずっと同じ——
「見る力」と「考える力」
それだけで、人類は宇宙を測ってきたのです。
「人に説明できるレベル」まで理解を深めたい方へ
この記事では、月までの距離の測り方を3つの時代に分けて解説しました。もしこの話をもっと深く、体系的に知りたいと思ったなら、図解の多い天文学入門書が最短ルートです。
選ぶときのポイントは3つです。
・視差・月食・スケール比較の図が豊富なもの
・数式がシンプルな言葉で説明されているもの
・太陽系・銀河系まで広く扱っているもの
一冊しっかり読むと、「なぜそうなるのか」まで含めて理解が定着します。宇宙の話を誰かにしたくなったとき、自信を持って語れるようになります。

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