「タクシー数(タクシー距離に由来する経路数)」と「Taxicab number(数論で使われる“タクシー数”=1729のような数)」は、名前は似ていますがまったく別の概念です。本記事では両方を一から、歴史的背景・数学的定義・具体的な計算法・応用の観点まで含めて丁寧に解説します。
1. まず用語整理:二つの「タクシー数」
- 意味A(組合せ/幾何):格子(碁盤目)上で「最短経路」をたどるとき、その最短経路の総数を指すことがあり、便宜上「タクシー数」と呼ばれることがあります(タクシー距離=マンハッタン距離が基盤)。
- 意味B(数論):数学史で有名な「Taxicab number」。ラマヌジャンの逸話で知られる1729のように、2つの立方数の和として表せる方法が n 通りある最小の整数を Ta(n) と呼びます。Ta(2)=1729 がその代表例です。
この記事では両者を混同せず、順に詳しく述べます。

2. (A)マンハッタン距離 と タクシー数(経路の数)— 定義と計算法
マンハッタン距離(タクシー距離)の定義
平面上の点 (x1,y1) と (x2,y2) のマンハッタン距離(タクシー距離)は

です。道路が碁盤目状にしか走らない都市(マンハッタン等)での「実際にたどる距離」を表します。
最短経路の数(「タクシー数」の取り方)
碁盤上で右(R)と上(U)だけ移動して目的地へ向かうとします。水平に a 回、垂直に b 回動く必要があるなら、最短経路の総数は次の二項係数で与えられます:

具体例:点 A(1,2) → B(4,5) の場合、水平移動 =3、垂直移動 =3 で合計6回。
経路数は

よって最短経路は20通りです。組合せ的には「6回のうち3回を右に使う位置を選ぶ」と考えます。
(B)Taxicab number(数論のタクシー数)— ラマヌジャンと1729
ラマヌジャンとハーディの逸話
とても有名なエピソードがあります。1919年、インドの天才数学者 シュリニヴァーサ・ラマヌジャン が病床にあったとき、イギリスの数学者 G・H・ハーディ が見舞いに訪れました。
ハーディは「私の乗ってきたタクシーの番号は 1729 で、なんとも退屈な数だ」と言いました。するとラマヌジャンはすぐさま、次のように答えました。
「いいえ、それはとても面白い数です。1729は2通りの方法で2つの立方数の和に表せる最小の数なのです。」
実際に、

となります。
この出来事がきっかけで、1729は「ラマヌジャン–ハーディ数」とも呼ばれ、さらにこの種の数が Taxicab number(タクシー数) として数学に定着しました。


一般的な定義
「タクシー数 Ta(n)」は、次のように定義されます。
Ta(n) = 「n通りの方法で2つの立方数の和として表せる最小の整数」
- Ta(1) = 2

- Ta(2) = 1729

- Ta(3) = 87,539,319
(もっと大きな数で、3通りの方法で立方数の和に分解できる)
わかりやすく言うと…
普段の整数は「1通りの表し方」しか持たないことが多いですが、1729のように「複数の異なる組合せで立方数の和にできる」特別な数が存在します。
しかも、それが「最小の整数」であるという条件が加わるため、非常に珍しく興味深い対象になります。
この「タクシー数」の研究は、単なる数学の遊びではなく、数の構造を探る数論的探求であり、計算機を使った探索問題としても長年注目され続けています。

4. 発見の経緯・歴史的背景
格子経路(組合せ側)のルーツ
格子上のパス数の計算は二項係数・パスカルの三角形に深く根ざし、古典的な組合せ論の一部です。教育教材としても扱われ、可視化しやすいことから数学教育で多用されます。
数論側(Taxicab number)の歴史
1729 は17世紀のフランスの数学者(Bernard Frénicle de Bessy)にも記録があり、20世紀初頭のハーディ—ラマヌジャンの逸話で広く知られるようになりました。以降、Ta(3) 以降の値は計算機を用いた探索で次々と見つかっており、数論と計算数学が結びついた好例です。
5. 応用例(実用面・研究面)
マンハッタン距離・経路数の応用
- 都市交通・信号制御:格子網に近い都市設計の解析で用いられることがある。
- ロボティクス:グリッド上の経路計画や障害物回避でL1距離を使う場面が多い。
- 機械学習:L1ノルム(マンハッタン距離)はスパース性を重視するモデルや異常検知で利用されます。
Taxicab number(数論)の意義
- 主に理論的・教育的興味の対象だが、計算アルゴリズムの検証や高性能探索のベンチマークとして有用。大きなTa(n)を求めるには効率的な探索・ハッシュ法・並列計算が必要で、計算数論の技術向上につながります。
7. まとめ
「タクシー数」という言葉は、一見シンプルに聞こえますが、実は文脈によって 二つの全く異なる意味 を持っています。
- 格子上の最短経路の数(組合せ論的なタクシー数)
- マンハッタン距離を基盤に、右や上への移動を組み合わせて数える経路数。
- 二項係数を用いて簡単に計算でき、都市計画・ロボティクス・AI など幅広い分野で応用されます。
- ラマヌジャンと1729に代表される「Taxicab number」(数論的なタクシー数)
- 「2通り以上の方法で立方数の和として表せる最小の数」を指し、Ta(2)=1729 が最初の有名な例。
- 数論的な美しさを持ち、計算数論や数学史の文脈で重要な位置を占めています。
このように、同じ「タクシー数」という言葉でも、組合せ数学と数論で全く違う対象を指します。だからこそ、記事を読む人にとっては「どちらの意味で使っているのか」を意識することが大切です。
本記事で紹介したように、タクシー数は 数学的な奥深さと日常的な直感 をつなぐ魅力的な概念です。都市の街路から病床のラマヌジャンの逸話まで、広いスケールで人々を惹きつけてきました。
これからタクシー数に触れる際には、「移動の最短経路の数」と「1729に始まる不思議な数列」という二つの顔を思い出してみてください。そこに、数学が日常と歴史をつなぐ面白さが見えてくるはずです。
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